私の父親の変わった教育法

ドイツ語も重要科目だった戦前の語学教育

私の父親の変わった教育法 戦前の語学教育では、英語はもちろんドイツ語も重視されていたようです。現在では、英語以外の語学は高校でも大学でも、選択科目として扱われていることが多いです。しかし戦前は、学校によってはドイツ語が主流でした。私の地元にあった旧制中学では、ドイツ語が必修科目でした。熱心な生徒になると、原書を読んで学んでいたといいます。当時はドイツも近代化のお手本の一つであり、ドイツから多くの技術や制度が入ってきたこととも関係していると思います。

旧制高校では、選択した語学と文科、理科でクラス分けをしていました。それだけ語学教育を重く見ていたのです。多くの高校では甲が英語、乙がドイツ語でした。例えば理科系の生徒がドイツ語を選ぶと、理乙というクラスに入るのです。中にはフランス語を扱っている高校もありました。フランス語は丙で、文科系の人がフランス語を選ぶと文丙クラスとなります。フランス語を扱っていたのは数校ですが、英語とドイツ語はほぼ全ての高校にありました。旧制高校の語学教育は、英語はイギリス人、ドイツ語はドイツ人が行うなど、ネイティブな教師を採用していることも特徴です。

語学教育に力を入れていたのは、主として男子の通う学校です。私の地元にあった女学校では、英語が必修科目でした。しかし家庭科の方が重視されています。ドイツ語は、少なくとも地元の女学校では扱っていなかったようです。しかし旧制高校生のように将来国の中枢に関わる可能性がある生徒たちには、ドイツ語は必須の語学だったと言えます。
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